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新宿眼科画廊新聞に2017年3月から連載しているコラムです。

ご挨拶
沢田マンションギャラリーの岡本です。
高知の変わったマンションにギャラリーを立ち上げて7年目、今年の12月にはギャラリーを閉じることになりました。そんな7年間をつらつらと語っていこうと思っています。
沢田マンション(沢マン)ご存じない方もおられると思います。高知ではかなり評判が悪く、違法建築の親玉!TVに沢マンが流れた日には高知市民の方々から市役所に沢山のクレームの電話が鳴り響きます。なにが違法といいますと、まず見た瞬間に違法性を感じさせる佇まい。とりあえずググって下さい。
そんなマンションも13年ほど前から若者が集いだし第一次沢マンブームが巻き起こりました。HPを立ち上げ(各部屋をライブカメラで生配信していました)廃墟マニアなどが訪れた日には観光ツアー案内、お祭りも開催、大家さんの伝記(沢田マンション物語)の出版…そんな最も熱い時期に「やばいここおもろい」と初めて訪れた次の日に入居したわけです。と沢マンの話だけで長くなりそう…

沢マンとは
沢田マンションに引越した部屋は5号(2階なんです。当時は住人同士で名前で呼ばす部屋番号で呼び合うのが流行っていました)ワンルーム10畳、換気扇がなく足を曲げないと湯船に入れないほど狭いお風呂、先輩住人からは「ムカデ部屋として有名や」とアドバイスを頂き。不安とワクワク感が混ざり合いながら仕事を終え帰宅。まずは便意を解消するためにトイレに、そして風呂へ湯船を出て栓を抜くと排水口からなにやら茶色の物体が溢れる溢れる逆流ですね。トイレの紙まで出てきます。その瞬間「これが沢マンか」衝撃となんだか特別なことが起こった嬉しさ、まさに沢マンの洗礼。普通のマンションならば(こんなことは絶対に起きないと思いますが)クレームもんです。
13年前は毎日どこかの部屋で飲み会があり、酒を飲みながら住人同士の部屋自慢が始まります。「寝てたら天井が落ちて目が覚めた」「ブレーカーから火が噴いた」「1時間で45Lの雨漏り」「雨漏りがひどいので家の中に雨どいがある」「ムカデに3回噛まれた」「CDトレイ開けたらムカデが出てきた」そして5号も部屋自慢の勲章をゲット。
住環境としてマイナスなのに、沢マンに住んで居たら気にならなくなる。そして、大変なこともご近所との情報交換からコミニケーションが生まれる。昔の長屋。まさに立体長屋っす。

コレンスのこと
実は12月に沢田マンションから引越すことになりました。
人の出入りが激しい沢田マンションですが、13年も住んでいたのかと思うと複雑な気持ちですね。一生、沢マンに住んでやろうと思っていましたが、退去理由は又の機会に、沢マンギャラリーのことを語って行こうと思いながら、なかなか本題に入れません。今回も横道にそれます!なんと、もうギャラリー運営は懲り懲りと思っていた矢先に、新しいギャラリーを立ち上げることになりました。
今回は完全貸しギャラリーです。もう自主ギャラリーはやりたくありません!
現在の仕事は作家&不動産&土木作業員などなどですが、古い物件などを見つけたら、ついつい不動産業の力を活用して、調査し販売をしているのですが、高知駅から徒歩10分と街の中心地に寂れた菜園場商店街があります。もう7割ぐらいシャッターが閉じている状態。その商店街の端っこに築64年の元洋裁女学院(木造2階建て総面積138.85坪)
が空家状態で放置。資本力の力で購入!現在リノベーションしカフェ&バー&エステ&オフィス&ギャラリーなどなどの商業施設1月オープンに向けて工事を進めています。新たに作るギャラリーは1週間15,000円と価格破壊!誰でも気楽に展示できる場所として仕事の休みの日を利用して、コツコツと一日18時間労働のブラック個人事業主として作っております。制作費総額は8万円。あまりの忙しさに今回の原稿締め切り忘れていまして、工事現場にMacBook持ち込んで書き込んでおります。あ、新しいギャラリーのサイトはhttp://lifecolors.co.jp/correns/です。来月は沢マンギャラリーのこと書こう…

卑猥前編 表現の自由
沢マンギャラリーは自主ギャラリーとして7年間活動してきましたが、地方で田舎の高知県では説明しても(自分の説明が下手なのか)ギャラリーに対する先入観からほとんど理解されずです。簡単に自主ギャラリーとは何か?と言いましたら、自分たちでギャラリーを運営する。そのままやんってツッコミが入りそうですが、意外とこれが難しい。まず責任が発生します。家賃払えなくなったら誰が払うん。ご近所さんからクレームが来たら誰が謝るん。事故が起きたらどうするん、などなどありますが、その代わりに自由を手に入れることができます。
自分たちが責任をとる代わりにフリーダムなんです。なんでも出来るんです。
作家の展示を存分に叶えることが出来るギャラリーとして現状復帰するなら、「なにをしてもかまわない」をキャッチフレーズに作家を集めていましたので、かなり無茶な展示要求をしてくる作家とそれを実現させるために試行錯誤することが楽しい&めんどくさい…
数々のやりきった展示で思い出されるのは2014年末に開催した漫画家やまもとありさ「273時間マンガ制作配信展」です。漫画家の制作をユーストなので配信することがあるそうですが、展示打合せの時にやまもとさんは作品を展示せずに2週間ギャラリーに寝泊まりしながら生活のすべてを配信したいと提案。それならば、お風呂とオマル(トイレ)もギャラリー内に作ってしまおう(オマルは却下)と友人から風呂桶をもらい、自分の住んでいる部屋から30メートルのホースでお湯を送り排水はギャラリー入口から出す。ギャラリーは外から丸見えなので、お風呂は半透明なビニールで入浴シルエットを堪能し壁はなにも展示しないので、お客さんにマジックで好きなように絵を描いて、2週間後には消すことを考えたら気が狂いそうになるほどマジックで埋め尽くされておりました。
作家のやまもとさんとは、デビュー作が中学生のまんこを題材にした漫画で連載2日前に連載中止を言いわたられた方で、それならばとギャラリートークは「わいせつ夜話」として、漫画家やまもとありさ・写真家自分・根付師森謙次の三人でエロと卑猥に語ったわけですが、観客のおっさんが「警察が来たらどうするんだ!」と怒り出すわでエロの表現って難しいですね。そんな沢マンギャラリー2大エロ表現作家を次回は紹介したいと思います。

卑猥後編
ちょうどアート業界で卑猥な表現が流行っていた頃に中学生まんこ題材漫画で連載中止となったやまもとありささんとエロトークイベントを開催、Googleで無修正・エロと画像検索をプロジェクターに写しお客さんと画面を見ながら、良い時代になったなどと語っていたのですが(子供の頃はエロ本にバターを塗ったりカッターで擦ったりしたものです)誰でも自由に見たらいけないものが見れる時代になぜエロが規制されるのだー!と語っていたらおっさんが怒り出し「警察が来たらどうするんだ」と興奮しておりましたが、警察来たら謝ります。謝って済むのであれば魂を売ります。トークのまとめとして「エロは秘密だからエロ」で終わり、盛り上がりました。
なにかとエロい表現は問題をはらみますが、沢マンギャラリーでエロい展示ナンバーワンは、ボールペン作家の森田紫乃さんです。女性の局部を描く方で高知ではギャラリー出入り禁止作家として行き場がなくなった状態で沢マンギャラリーのメンバーとして参加したいと連絡があり、自分としてはどんな作家でも受け入れたいので参加してもらいましたが、一つの問題として、沢田マンション大家さんが怒ったら展示が中止になってしまうこと(ギャラリー規約にも書いています)社会に表現の自由を訴える前に大家さん&ご近所さんに理解してもらうのが先決です。先に森田さんと打つ合わせた際に18歳未満禁止の展示にしようと提案するも、作家はこのエロい表現を小学生にも見てもらいたいと言い出す始末…また森田さんはよく手首を切り病院までも出入り禁止になるほどの人で、今回の展示では手首を切って肉筋丸見えの写真も展示したいと言ってきた。もう勘弁して下さいです。まわりの理解を得られるような状況ではないですよ。ただ森田さんのどうしても人に見てもらいたいとの思いは十分すぎるほど感じました。表現する場所であるギャラリーがなぜ規制をかけるべきではない!なので、大家さん&ご近所のご理解してもらわないように内緒にして展覧会を開催。
誰でも入れるようにオープンな形での展示で、手首の写真に絶叫する人や感激して人など、意外と多くの方に見れもらえネットでの炎上や展示をやめなさいとPTAご婦人が騒ぎ出すかとおもいきや静かに終わっていきました(ちょっと残念)
先月紹介したやまもとありささんもエロい表現で漫画連載が中止になり、ネットで炎上をし一躍有名人となりましたが、森田さん有名になって欲しかったです。ただ有名になったらどんどん手首切りそう…

ギャラリーとお金
アートってお金かかるしビックリするほど儲けることが出来ません。高知の老舗ギャラリーなど作品が売れなければ心優しいオーナーが買い取ってくれるそんなほのぼの風景があるから、ギャラリー経営がうまくいかないのでしょう!お金持ちにしか出来ません!
沢田マンションギャラリーは自主運営なので、販売手数料は貰わずみんなの年会費のみでまかなっていました。なかには100万円も売る作家もおり、ほんと羨ましい限りです。
お金がなければ無いなりにやろうをスローガンに運営をしていましたが、巨大プロジェクトが舞い込んできたら、どうしても必要な物がお金。
ギャラリーを立ち上げて4年目に飲みながら5周年企画を話し合ってたのですが、酒も入っていたので気楽に奈良美智さんのTwitterに「高知に遊びに来てくださーい」のリツイートから沢マンギャラリー最大級観客動員の「3日間奈良美智・ドローイングショー」が実現しました。開催するにあたりお金がいるんですよね…今回の展覧会は販売しないので、自らお金を用意しなければならず、いろいろな諸費用●▲■万円ぐらい必要なんです…
アートプロジェクトといえば助成金、「助成金に頼ってる団体なんてダサい」と言い続けていた自分を恥じながら、コツコツと高知県文化財団の助成申請書類を書くわけですが、あの奈良さんの展覧会、落とすわけ無いわと余裕で書いていましたら、思いっきり落とされました。
だいたい助成金ってかなり前から申し込まないともらえないものが多く、目の前真っ暗になりましたが、高知県が新しく創設した文化助成金が誕生したことを教えてもらい、申込にも間に合うぞと、今度はギャラリーメンバーが集結し知恵熱が出るほど考え無事に合格。
それでも予算が足りず沢マングッツを強引な販売で10万円を稼ぎだし、なんとか展覧会は無事終了。
助成金をもらった団体が集まり結果報告会なるものがあるのですが、各団体が今後の参考にと意見を求められたのですが、企画終了後の処理として、予算書を提出するのですが、何に使ったかの証拠となる領収書の提出が無いんです。なので「来年から領収書の提出が必要」といった瞬間にざわざわは始まり、「お前余計事言うな」と無言の視線と事務方は仕事が増えるから現実的ではない…元朝日新聞社の記者はアートでそこまで求めたらダメだよ、なんて言う始末。これだから助成金て嫌いなんだー!

価格の決め方
前回はアートとお金(ギャラリー運営)の話をしましたが、高知の作家たちが直面する作品の値段をいくらにするか問題があります。
自分はアート系の大学&専門学校で勉強をしなかったので、なんだかよくわかりません。そこで、高知の先輩作家などに聞いてみるのですが、「高くしたら売れるよ。興味のあるお客さんがいたら、半額にしたら買ってくれる」や某有名工芸家は「時給換算っす」と基準がよくわかりません。
高知のアート界を牽引(権力)している方々は高知県展覧会(高知新聞主催、通称県展)の重鎮(後期高齢者)たちですが、その中でも最も発言力がある人たちが「無鑑査」どのような形で成り上がるのかと言いますと、県展で1等賞を3回ゲットで無鑑査です。(高知でしか通用しません)そしたら、作品が100万円(でかいサイズ)で売買可能です。お教室も開くことができます。その他の末端アーティストたちは悲しいかな10万円ぐらいで作品を売るがぜよ(土佐弁)
そして、もっと不思議な言動をする作家たちがおります。「一度値段を決めたら値段を下げてはいけません」…値段を下げたらいけないとは物価は関係なく常に作品はインフレ状態なわけなんですか?バブル時にアート作品が上がり、バブル崩壊後に暴落したよね。なんてツッコミを入れたら、作家たちが口を揃えて「難しいことはよくわからない」です。
高知にコマーシャルギャラリーが少ないので、なんだか価格が曖昧になるわけです。沢マンギャラリーの代表(他にやる人がいないので代表を務めていたのです)ということで展示作家から価格の相談があります。無責任ですが「好きな値段をつけたらいいよ」と言い続けていました。売れなければ次の展覧会で値段を下げたらいいし、全部売れたら次回は値上げです。一点ものなので、相場ってないような気がするわけで、一点物神の見えざる手です。自分は現在不動産会社で働いていますが、土地売買も一点ものです。実は相場ってあるようで無いのです。いくらでも高く売ることができ、安くもできます。(評価額などは固定資産税的に必要なのです)値段をつけても買い手がいなければ現金化できないので残念おしまい。
そういえば行きつけの飲み屋「にこみちゃん」で友人たちとアートの話に花を咲かせていたら、見知らぬ隣の席の人がいきなり話しかけてきて「クリスチャン・ラッセンすごくいいですよね〜私買いました」「…」
やはりイルカの絵だろうが、好きな作品を買うのが一番です。

人が集まると何が起こるか?
それは、トラブル!全く違う価値観の人達が集まるわけですから、意見の対立から男女のほにゃららなど、色々あるわけですが、沢マンギャラリーの基本的理念でもある「みんな平等」が諸々のトラブルの源泉になる場合が多いです。
沢マンギャラリーは自主ギャラリーなので、年ごとに集まったメンバーの会費で運営します。
約100万円の予算をどのように使うかメンバーミーティングで決めていくわけです。
メンバーも毎年半数は新規の作家で高知のベテラン作家から作品なんて制作したこと無い高校生や美術館の学芸員まで多種多様。1月のミーティングで代表などを決めるのですが、やりたい人が現れないので、毎回自分がしゃあなしに代表になる形です。
7年間続けたわけですが、盛り上がる年やダラダラな年などムラが出るんですよ。
自分自身、不完全な人間なもので好きな人嫌いな人めんどくさい人などおりますので、依怙贔屓が生まれてきます。そんな人々に囲まれて、「みんな平等」精神で突き進むわけですから歯車がガッタガタと回らなくなるわけです。
海外の写真家を招聘し沢マンギャラリーが企画写真展を開催する事になり予算案を決めていたら、お客さんが少ないと、赤字になる。何がなんでも二千人は入れないとまずいとメンバー同士でお客を呼び込むアイディアをひねり出すわけですが、アイディアを1つも出さずにすべての案に反対しかしない人が出現した時には、へそで茶を沸かすほどブンプン怒りながら「アイディアの一つでも出してから文句いえやー!」とギャラリーに響き渡り場の空気が悪くなるし、物事が進まなくなるのです。
「何でこんな奴居るねん」と夜な夜な考えただけで不眠症の日々が続き、なんだか虚無感だけが漂うわけです。自分にもっとリーダーシップがあればと悩むばかり…って平等だとリーダーが存在したらイカンよね。

今回のテーマは地方活性化
最近高知のアート界隈では良く聞く話ですが、全国的にはブームは過ぎたでしょうか?
「沢マンギャラリーは地域活性化を目指してますよね?」などと質問を受ける時がありました。しかし自分は地域おこしが大大大っ嫌いなのですよ。なぜなら
全国でも最下位クラスの経済レベルの高知県です。県外からあやかしい(土佐弁)奴らが「ぼくらが地域おこしまっすよ」とドシドシ移住してくるわけですよ。口を揃えて「高知好きです」と言いよりますが、まっことあやかしいです。
数年前に超一流ブロガーいけださんが高知に移住した年は高知県民が浮かれ、高知が凄いことになるぞ=!と息巻きまきし期待の星でしたが、最近は何しているのかわからないぐらいです(以前は高知ローカルテレビに度々出演し露出が多かったです)
そんないけださん、全国裏観光名所「沢田マンション」に当然のことながらブログに紹介するわけです。「高知に移住するなら沢マンに住むべきだ」と…
沢マン住人歴数十年の私は根性のない人は沢マン入居をオススメしません。(理由は想像してください)いけださんが沢マンの適当な間違った情報を垂れ流し、都会から田舎へ引越憧れ症候群の人たちが7組ほど入居してきたわけです。(沢マン以外でも高知に移住した人多数)独断と偏見で語りますが、都会で成功出来なかった人は地方に来ても成功しないです。よくわからん情熱的な人たちが、よくわからんアイデアで他人の敷地にズケズケと入ってくるわけです。「俺達正しいから言うこと聞け」と
地方に移住して大成功を収めている人もいます。しかし成功談は表舞台に出てきますが、その裏にはたくさんの失敗者がいるのも事実。そんな方々と付き合うのも大変です。
ギャラリーを運営していて思うことは、アートで地域活性化は費用対効果が低く継続的な効果も薄いと思っています。沢マンギャラリーは各作家が「やりたいことをやる」がコンセプトです。地域ではなく自分です。面白い個人が増えたら自然と地域も面白くなる。なので偽善的に地域のためと語る必要なし!
ただ、地域活性化助成金を申請書には「この企画はこんなに地域のためになるぜ!」とついつい書いています二枚舌は私ですが、お許し下さい。
この前、カオスラウンジの黒瀬くん(高知出身)が高知で講演会があり、友人が高知のアートを盛り上げるのに必要なことは何かと質問したところ、「高知は終わってる」と希望のないお答えをいただきました…

「高知アートシーン。東京を憧れるけど、何に憧れているのかわからない…」の巻
新宿眼科画廊新聞を読まれている方は東京人のはず。皆さん東京の人々は地方って感覚無いですよね。高知の人たちから言わせたら「東京は地方モンの集まりじゃ」と僻みますが、やはり東京は憧れの地であります。高知の作家たちもいつかは東京で個展をしたい(ほとんどの高知在住作家は東京のギャラリーを知りません)とぼやきますが。なかなか勇気とお金がついてこないのが現実。そんな高知県ですから、東京でご活躍した作家がUターンなどした場合は地元のヒーローです。そんな東京帰り高知限定ヒーローたちの特徴として田舎の自主運営ギャラリーなんてケチョンケチョンと批判をするんですよね。今に見ておれこんちきしょう!とプンプン腹を立てていましたが、そんなヒーローたちも経済力の乏しい高知県では時間とともに衰弱していくさまを見ると少し可愛そうになってきます。いろいろと諸事情があり地元に返ってくるのでしょうが、東京で勝負するってのは大変なんでしょう。
高知で活動していると、東京のアート関係者に「どうして高知で活動しているのですか?」なんて質問をされます。自分自身の理由としては住んでいるから、高知が好きだから、生まれた土地だからなどありますが、こんな答えでは、どうも説得力が乏しく、もっと崇高な考えが必要なのでしょうね。東京で勝負しないと、その時点で負け組なのでしょう。
若い友人でやる気のある人達は、有名作家のアシスタントや瀬戸内芸術祭のお仕事で、アートを勉強しようと出稼ぎに行きますが、現状は過酷なアートブラック労働であり、ズタボロで帰ってきます。アートって理想的なことを掲げているにも関わらず労働環境は「アート蟹工船」です。若者の労働が食い物になっている!田舎者は騙されやすいのです。
そういえば、沢マンギャラリーで奈良美智さんの展覧会を開催した時に高知県の美術が好きな人たちが奈良美智さんを知らず、スマホで画像を見せまくり、耳にタコができるほど「あ〜見たことあるある」と皆さんからお聞きしましたわ。余談ですが、高知美術館ホールに講演会依頼を申し込みした際に担当者(臨時職員だと思いたい)が講演会の内容を教えてくれと言われ「奈良美智トークショーです」と自信満々に言い放つと「どのようは方でしょうか?」「…ググってください」こんな現状です。
それよりイオンモールで開催するクリスチャンラッセンイルカが人気なんですよ…
奈良美智展終了後おこなわれた助成金報告会である理事から「作品を拝見させていただきました。作品はダンボールに書かれていましたね。安っぽく見えますが、価値あるものとして見せる努力はいたしましたか」と突っ込まれ愕然としたものです。
たまに、東京の有名作家(勉強不足ですが、自分も知らない人)の企画展などを見に行くと「東京ですごい売れています」の宣伝文句でドン引きです。
話がそれまくりましたが、高知の方々、東京って名前だけに憧れているミーハーたちですよね。
きょううどん屋で週刊現代を見ていたら小山登美夫さんが出ていました。おっさん頑張っているな〜としみじみです。

文章書くのはむずかしい
私は本を読むことが小さい頃から苦手で挿絵ばかり眺めていて、大人になってから多少は本を読むようになったけど、文章を書くことが苦手でブログを始めても続かずフェイスブックの投稿は手短に書くぐらいの自分でしたが、田中さんから新聞作るので何か書いてほしいと言われ、文章の練習と思い始めてみたものの、意外と大変で田中さんから毎月の締め切りお知らせメールから、パソコンとにらめっこで仕上げるわけです。
なんでも言いたいことを書こうと思っていますが、友人などの発言などを載せる際は一応本人に文章を確認してもらうのですが、だいたいダメ出しが出てカットになるんですよね。ある時は「これを掲載したら岡本さんが不利になりますよ」と言われるので、「自分の責任で掲載するので、不利になろうが、どうでも良いし地方の作家&ギャラリストとして誰も相手にしてくれませんから」と説明するも「くだくだくだくだ」となんだか面倒くさい、表現の自由を訴え戦わなければ行けないのでしょうか、ほんと面倒くさいので、カットに応じる信念のなさです。
掲載当初は沢田マンションギャラリーroom38の日々の出来事を紹介しようと思っていましたが、ここの展覧会を紹介しても面白くないし、様々なトラブルもありましたが(恋愛トラブルが面白かったりする)これこそ書いてしまったら当事者から自分自身が嫌われてします。などなど考えたら、意外と書くことが無いのです。文章の表現って難しいです。
作家が文章を書くこと、結構みんな苦手で沢マンギャラリーでもフリーペーパーを作り、みんなで作文しようぜと呼びかけたけど、自分も含め続かず廃刊になりましたが、多くの作家さんは作品が主役なので、文章なんて書く必要ないと言い訳が始まるんですよね。正直なところ書きたくない(書けない)と認めてくれたら話早いですが、苦手なら練習したら良いと思います。鴻池朋子さんのコラムってやつですか高知新聞に連載されています。意外と面白くなく、こんな文章でもいいんだと、ある意味文章書けない自分には勇気がもらえます。
文章もそうですが、アーティストトークもやりたがらない作家が多すぎです。沢マンギャラリーの場合は人前で喋る練習(赤面症治療みたいな表現ですね)として、無理やり作家にやらせましたが、やってみたら意外と皆さん饒舌に喋るんですよ。やってみたら意外とおもしろかったとも言われますね。
高知によくいる「みんなに秘密だけど仕事したくないからアートしています素人騙し作家」たちも文章やトークなど色々と言い訳せずチャレンジしてもらいたいもので、苦手意識もやり続けていたら面白くもなります。
そんな自分も11回も苦手な文章を書き続けられたこと、締め切りメールを送ってくれる田中さんに感謝です。

岡本明才の「高知とアート」
新宿画廊新聞がリニューアルするとのことで、新たにテーマを代えて「高知とアート」と題し地方のアートシーンの現状をつらつらと書いていこうと思っています。今回初めて私の文章を読む方は「あなたは誰?」なんって思われるので、自己紹介〜
生まれて初めて描いた絵は「おっぱい」小学生の時は50音がなかなか理解できない子供でしたが、図画工作の成績はダントツな落ち着きのない子供。勉強がめんどくさくなり高校中退。27歳にして中卒だと再就職が難しいことに気づき定時制高校に再編入し意外と勉強が面白かったので、夜間の大学に進学するも、勉強よりも自治会なる怪しい組織の運動に参加。改革を推し進めるも、やり過ぎ燃え尽き症候群で大学中退。傷心の心を癒やすべく高知の平和活動(宗教ではありません)に参加するも内部の喧嘩が絶えず、全然平和的でないので脱退。心寂しい時に友人に誘われ高知の裏観光地として有名な世界最大級、手作り集合住宅「沢田マンション」に転居する。ここからアートの世界に入って行きました(30才前後)きっかけが、2005年高知の伝説的ギャラリーグラフィティでなんだか知らないうちに展覧会をする。2006年頃、不況で関東に出稼ぎ写真家金村修ワークショップに大金はたいて参加するも2回めで登校拒否、その後高知に帰り、初めて作ったピンホールカメラ(2メートル)で変わった写真に目覚め制作を続け、2010年頃、東京の自主ギャラリーに憧れて「沢田マンションギャラリーroom38を立ち上げる(ギャラリーroom801のオマージュっす)素人がよくわからない状態でギャラリーを始めたので、高知では馬鹿にされてばかりでしたが、大物作家の展覧会を企画するも手の平返しで有名ギャラリーとして認知される。そして多くの人の中途半端な応援がめんどくさくなりギャラリーを解体・分裂(プロレスみたいな感じです)そして現在は高知で一番小さなギャラリー「GALLERY E」設立(8万円で作りました)。現在の仕事は不動産業(古い物件が得意)で生活をしています。仕事・作家活動・ギャラリー経営と三足のわらじですが、どれかを適当にこなしつつなんとかやっております。詳しくはHP作りましたのでそちらで、http://meisaiokamoto.com
こんな私ですが、高知で感じたアート情報を毎月締め切りに追われながら書いていこうと思います。次回は2週間前の出来事(11月11日)「岡本くんあの作家はギャラリーでやらないほうがよいぞと先輩からアドバイスを頂いた件」です。新聞社まで巻き込んだ騒動をお伝えします。

地方のアート事情 のけもの編
子供の世界ではいじめが無くなりません。ほんと悲しいことです。しかし大人の世界でもいじめというか「のけもの」にされることがあるのも事実です。
アートの世界に入る前は芸術家とは変人と思っておりました。子供の頃の岡本太郎氏のあのテレビCM「芸術は爆発だ!」普通の大人とは思えませんでした。
13年前のアートに足を突っ込んだ時に知り合った川崎太一はまさに爆発作家で初対面の時に飲食店で食事をし支払いは「芋天」(認められませんでした)という普通の人とは違うインパクトを与えてくれ、その後も様々な爆発行動を披露しますが、作家としての実力派は高知県は大先生とされています。しかし鬱病のため爆発行動で多くの方が付き合いを辞めていくさまは悲しいです。そんなこんなで、変人とされる作家が意外と少ないことも事実。真面目に制作をし高知県展(高知で一番権威のある公募展)にセコセコと出展し高知でのキャリアアップするのです(川崎太一は高知県展で無監査なのです)
ある環境団体の方から「たのしい環境の話をするので遊びに来て下さい」と言われ集まりに参加したら、参加者15名程度の方々が輪になって座っています。自分もそこに座り参加したのですが、環境の話かとおもいきや代表らしき人物が「仲間とは何か」と質問をぶつけてきます。それを一人ひとり語るわけですが、全員が自身の不幸な過去を語り出すんです。「昔いじめられた…」「会社で孤立している」などなど。環境の話じゃないやんってツッコミを入れたいが今回初参加なのでおとなしくしていると自分の番が来ました。その時発言した言葉「仲間意識が仲間はずれを生み出す」の一言で環境団体から仲間はずれにされる結果になりました。同調することの大切さを学びました…てか環境関係ないやん!
新しいギャラリーを立ち上げ利用してもらう作家を集めなければいけないのですが、正直面倒くさい作家もいるのが事実。しかし発表したい気持ちを実現させるのもギャラリーの使命(生活費の為もある)なので、審査なんてものはありません。
昨年ギャラリー工事中に大きな丸メガネのおっさんが来ました。正直コミュニケーションを取ることが難しい感じの人でどうも、うちのギャラリーで個展をしたいとのこと。開催することになりましたが、高知の先輩作家からは「あいつはトラブルメーカーだから面倒くさいぞ」「危険人物なので見に行きません」などなど別に教えてもらわなくても良い情報なのですが、いろいろと言われました。個展が始まると丸メガネおっさん作家は高知新聞に行き新聞記者に「俺の作品を新聞に載せろと」と毎日抗議をします。担当記者が困っていると噂を聞いたので連絡すると「あの作品は新聞に載せるクオリティではない。岡本もそう思うよね?」なぜか質問。「そんなことは記者である本人が決めることでしょ!どんだけ小心者なん」と怒りプンプンで伝えますが、困る困ると言い続けるので「ハイハイわたくしが丸メガネを説得するします」で記者は納得してくれました。そんな丸メガネおっさん作家の個展は自分はカッコいい展示だったと思っています。

地方の高校生アート事情
スポーツの世界では小中高校生と世界で活躍する人たちが続出し、将棋でも中学生が大人顔負けの勝負師としてテレビで人気者です。
アートの世界では、小学生の絵にたいして「子供の絵はすばらしい」なんて声をよく聞きますが、中学高校になると、まさに学生らしい絵になってきて面白さがなくなってくるように感じます。これって美術教員が悪いのでしょうか…と全国の美術教員を敵に回してしまいますね。なぜアートの世界では子どもたちが活躍できないかと思いますと、大人たちの「それしたらダメー」が多いからでしょう。とある高知の画塾の先生は若い子の話は聞きませんと断言しています。どうぞデッサンだけ教えておいてください。
そんな中、最近の高知アートシーンで高校生がギャラリーを借りて個展をする人が増えてきたように感じます。ギャラリーの借賃が安いのも個展をやりやすい環境なんでしょう。とある学芸員も高知は高校生が個展をやる珍しい土地と言われていました。そうなんですよ若いからよく考えていないんでしょう。
GalleryEを立ち上げて高校生の個展が多くなりました。そして全員女子なんです。GalleryEは建物を燃やさなければ何をしても良い表現力を最大限に表現出来るギャラリーと作家には説明するのですが、なかなかどこまでしてよいか迷子になる人たちが多いです。
そんななかひときわ異彩を放った今井桃子さん
おとなしそうな女子高校生なのですが、搬入のときに「展示好きにやっていいですか」と聞いてくるので「好きにしてください壁にもドンドン書いたらいいよ」と伝えると白い壁がドンドンピンクの文字で埋められていくのです。躊躇がないんですよ。しかも夜7時ごろから延々と書き続け帰ったのが次の日の朝11時とギャラリーで夜通し徹夜です。おかあちゃんに連絡だけはしてねとわたくしは付き合いきれないのですぐ寝ましたが、自分最近徹夜して作品制作しなくなったな〜と懐かしさと徹夜できなくなった体が悲しくなりました。
高校生のノリについていくことは面倒くさいですが、やりたいことを許す大人たちが増えたらもっと高校生の作品はおもろくなるのではないかと思います。そして、今月(2月7日〜20日)また高校生が個展を開催しますが、今度は白い壁をペンキで黒と赤に塗り替えると言い出しました…コンセプトを聞くと「やりたいからです!」
壁を塗り替えるのが面倒くさい…。

高知のお年寄りとアート
何か書こうとしたら意外と考えてしまい「こんなこと書いてよいのだろうか」とウジウジしています。やはり後先考えずに勢いって大切ですね。年とともに勢いが無くなるんですよね色んな部分で、、、
年といえば現在、私46歳ですが、20年前に思い描いていた中年像と今はぜんぜん違うんです。もっと大人になっている筈なのにー!と不思議な感じです。これからの20年先→66歳の高齢者(60代は高齢者じゃないなんて文句を言う人は器が小さい人と認識しています)になってしまいます。どうしましょって感じ。
高齢者になってもアートを楽しんでいる方々は高知でも沢山おります(高知県の2015年の総人口にしめる65歳以上の割合は32.8%)ネット調べ。そして、定年後趣味でも始めようと写真やら絵画やらを習い始めちゃうから、どちらかといえば高知のアートシーンではマジョリティです。なぜなら若者は都会に行ってしまいますから…
その多数派として君臨しているお年寄りたちは、私からしたら「面倒くさい」の一言です。
以前ヨーロッパ写真家の展覧会を企画展示した時のこと、お客様で某写真クラブ会員のお年寄りが一枚の写真に食いつきました「この写真は明るすぎる!失敗写真じゃ!」その時、会場に居たので私のなりの説明をしました「作家がこの明るさが良いと思い展示発表しています。失敗とかではなく作家の表現です」お年寄りは理解できないのか私の説明が悪かったのか「でも失敗じゃ!写真クラブの先生は明るい写真は失敗と言っておった」そうなんですよね。雑誌でも適正露出なる言葉がありますもんねってそこは違うだろーって感じです。明るい写真が失敗と教わり、その価値観で制作していけば明るい写真を表現できなくなります。自ら表現の幅を狭める頭の固いクソジジイ!と年寄り=頭が固いとステレオタイプになるじゃないですか。私はカメラ・オブスクラの原理を利用して作品制作していますが、ちょっと難解な表現は説明が難しいですが子供はすんなり理解(していないかも)くれます。しかしカメラに詳しい人(お年寄り)ほど、素直に理解してくれません。
そんなお年寄りアート王国高知の先生&指導者たちが絶対的な権力を持っているので何も考えない勢いの若者は太刀打ちできません。どうぞ新しい表現を求めて県外に進学してください。
そんな面倒くさいお年寄りですが、人生の先輩でもあります。バブルという良い時代を謳歌し酸いも甘いも経験して今があるわけです。若者中年の経験値なんて足元にも及びません。面倒くさいですがどうぞアートを自由に楽しんでください。
そういえば今日、高校生が帰り際に挨拶せずに帰ってしまいました。同年代の中年と最近の若いもんは挨拶もしないとプンプンしていましたが、もうすでに面倒くさい中年になってしまったのでしょうか・・・

高知の低俗バンド「パイチン☆ドック」
今回は低俗小学生レベルのシモネタを歌い続けるバンドのご紹介。
バンド結成のきっかけは高知の違法建築沢田マンションで3年周期でお祭りを気分で開催するのですが、2011年に開催した祭「SAWASONIC」で巨大ゼリー神輿に添える盆踊りを演奏するために誕生した「次男次女」というバンド。自分もベースで参加しておりました。
結成当時は真面目に盆踊りを作詞作曲しておりましたが、ベースを演奏できない自分は練習が辛くなり、すぐさま脱退。ボーカリストも脱退しその後バンド編成が大幅に変更。ボーカリストが某有名作家のM氏に変わってから新バンド「パイチン☆ドック」が結成されます。※バンド名の由来はパイはおっぱい。チンはちんちん。ドックはM氏がメス犬に欲情したと噂されています。
作詞はM氏が担当ですが、とにかく低俗の小学生的な歌詞で「ぽこちんぽこちん」を繰り返すだけやチャイムのチーンの音の後にM氏が「ぽこ!」と叫ぶなど大人が忘れてしまったシモネタを歌い続けるだけでしたが、どんどん進化をしていきます。
小学生的歌詞に大人のエッセンスが混ざり合いM氏がインポになった辛さを赤裸々に表現したかと思えば、遺伝子を残すための精子になりきって叫び続けるとかなり恥ずかしい歌なのですが、恥ずかしがり屋のM氏はシラフでは歌うことが出来ないので、毎回記憶がなくなるほどの酒を浴び終わる頃にはマーライオン状態でゲロを吐く命がけ魂のパフォーマンスは少しずつファンを増やしていきます。
しかし自由すぎる表現のため、地元夜祭の野外ライブでは3年続けて町内会長が激怒し毎回警察のお世話になるという大惨事。お祭り実行委員会から「表現の自由は大事だけどお祭り存続も大事だから次回からシモネタ禁止」と残念な回答をいただきました。
毎ライブ1曲しか演奏しないパイチン☆ドックですが、実はアンコールが出来ないのです。なぜならライブに向けてメンバーが全力で練習し本番で全力で表現する。そして忘れる。。。もう一度演奏してと頼んでもM氏(終了後ゲロと共に記憶喪失)を含めメンバーもやり切って忘れてしまうそうで、もう二度と演奏が出来なくなるのです。そんなバンドなのでファンからしたらライブが楽しくてしょうがないんです。意外と有名なミュージシャンの前座をすることも有り、パイチン☆ドックの演奏が終わったら多くのお客が帰ったなんてこともあり、高知で有名になりつつあります。この前のライブなどもお客さんから警察が来ないのでつまんないと野次が飛び何を期待しているんですかって感じです。そんなバンドに自分が残っていれば楽しかったかもしれないけれどお客で楽しむほうが気楽でいいか

エキセントリック先生
先週久しぶりに会ったK氏が「明才いままでありがとう」と今までそんなことを口にしたことなかったので「もう死ぬみたいやんか」とすかさずツッコミを入れるが黙っている。

自分がアートの世界に片足半分突っ込んだ頃に小学生低学年以外愛せないガチロリコンのS氏からの紹介で知り合った高知の偉大な画家K氏、お好み焼きを食べに行こうと誘われS氏のリヤタイヤが外れかけた車で国道を走れば警察見たらすぐ止められるぐらいの蛇行運転でK氏は窓から上半身を乗り出し天に人差し指を突きつけて「神は死んだー!」と叫びながらイオンまで走り続けるという衝撃的な初対面でアーティストってスゲーっと変に勘違いしたのはいい思い出です。
このK氏との付き合いは約13年にもなりますが、数々の伝説の持ち主。高知市の繁華街帯屋町の路上ミュージシャンのギターを奪いお気に入りのレッドチェッペリンを掻き鳴らし弦を切る。そのテンションで中央公園の交番の前を横切れば権力者が大っ嫌いのK氏は警官に中指を立てツバを飛ばしながら暴言を吐き暴れそのまま交番のトラ箱行き。すべてを見せつけるために素っ裸になり監視カメラに向かって皮っかむりを剥いてドヤ顔。そんなこんなで、トラブルも多数あり、出入り禁止のお店多数(K氏いわく高知の偉大な版画家は出禁が100超えなので大したことないそうです)ですが、絵の実力は高知県の権威の象徴「高知県展覧会洋画部門無鑑査」という最高称号の持ち主でもあります。無鑑査を勝ち取ると多くの方々から先生と呼ばれますが、まさにK氏は元高校美術教師のリアル先生でした。今は無職です。
知り合った当時は教師でしたが、問題教師として教育センターなる場所に配属されていました(推測ですが辞めさせるための施設)K氏は自分を教育センターに来いとお誘いが来たので、遊びに行けば施設内の図書室で大きな本棚をK氏はいきなり倒し「教材研究♡」そして散らばった本の上に予め用意していた大量の枯れ葉を撒きながら「教材研究!」と叫ぶのです。あまりにも馬鹿げているのでゲラゲラ笑っていたら職員が駆け寄り私に「お前は誰だー!」後ろから「逃げろ!」とK氏が叫びながら走ったのはいい思い出です。大量の退職金をもらい無職になるのですが、サブカルチャーにも詳しくエバにハマり(パチンコ)「今日も起動しなかった」と大金が消えていきました。お金がなければご飯が食べれない。そうです、栄養失調になりほとんど動けないガリガリ君にもなりました。
ココでは書ききれないほどの事件が有りすぎるのですが、そう彼は重度の鬱病なのです。大量の薬とアルコールで俺んちの畳をよだれだらけにしたり…と数々の迷惑を振りまき、バカ話で盛り上がりエキセントリックではあるが、自分としてはアートを教えてくれたような感じの先生みたいな感じですね。

黙っているK氏に「死ぬんだったら絵をちょうだい」と捨て台詞でわかれましたが、また会えると思う。

考えれば考えるほどアート不毛の土地だけど世界的作家もいるよの巻
東京にはオシャレギャラリーから壮大な美術館までありますし、美大もあるし、雑誌の編集者や評論家などアート関係者と沢山知り合いになれるのでしょう。羨ましいっす。
高知には小さなギャラリー&美術館(小さすぎて悲しくなります)と大きいものでは高知県立美術館しかありません。美大…ありません。デザイン系専門学校ならありますが、入学はおすすめ出来るものではありません。雑誌は地元タウン誌ですが、エステ・結婚式場・飲食店情報がメインなので、アートに興味がありません。(←以前、奈良美智さんの展覧会を企画した際、インタビューをしませんかと呼びかけましたが、担当者はよくわからないのでお断りしますとの回答を頂きました)
評論家なんてものは地元のアート好きおっさんがブログで展覧会のことを書くぐらいですね。このように語っていたらホント高知はアート不毛の土地なんですね。作品なんてなかなか売れないし、というか地方はこんなものでしょうか?
地元の高知新聞社のアート担当の学芸部も展覧会情報を後追いするのみで作家のインタビューなどよく使う「恥ずかしそうに照れながら頭をかく」の定型文が記者レベルを表しています。
そんな高知でも「高知の世界的写真家・桐野伴秋」といわれ人気を博している作家もおります。ぜひ皆さんグーグルで検索して世界的壮大な作品を覗いてみてください。色んな意味で感動を誘います。わたくしの研究ではこの桐野さんは高知だけで有名な作家(筆者の主観です)なんです。そんな彼を私は「地元限定作家」と命名しています。限定ってすごく価値アリって感じですよね。香美市美術館というこぢんまりした美術館で桐野の個展が開催された時は入口の挨拶文には千住博のコメントがドーン!田舎の爺さん婆さんが目ん玉ウルウルさせながら感動しており観客動員も記録的な数字を叩き出したと聞いております。流石に展示も壮大でパルテノン神殿の柱があると思えば地面には雲を表現しているのでしょうか大量の綿が敷き詰められ、滝を表現したようなキラキラしたよくわからない糸が垂れ下がり高級感が凄まじかったです。そんな限定世界的作家をなんと高知県立美術館の学芸課長が桐野の写真を知らないというので高知文学館(なぜか文学館で写真展)で開催しており興味が無いのを無理やり連れて行ったら、素直に怒っておりました。感じ方は人それぞれですね。

そんなわけで高知では大活躍の写真家桐野ですが、わたくし春頃に猪熊弦一郎現代美術館で開催した世界的なアラーキーを見に行きましたが、作品&展示は最悪につまらなかったです。感じ方は人それぞれ

高知県はアートより歴史へ
先日、香港のアートバーゼルに遊びに行った友人の土産話を聞いていたら、会場はともかく街にもアートが溢れ盛り上がっていたそうです。うらやましい。
日本では、どちらかといいますと地域おこし系アートが盛んなような気がしてなりません。たまたま先日、高知市内でアートマネジメント講座なるものがあり、参加したのですが、内容は講師のおっさんが地域おこし系アート祭りの過去の自慢話(これが結構面白かった)おっさんは何を言いたかったのかといいますと「すべての人がクリエイティビティになれ!」言いたいこと十分すぎるほどわかるのですが、社会には歯車人間も必要なわけで潤滑油人間も必要な気がします。というか全くマネジメント的なアドバイスがなかったので実践的ではないのが残念。評価は30点
そんなこんなで、高知をアートで盛り上げようと思いますが、県民意識はどうかと言いますと、多くの県民はアートではなく幕末押しです。その先頭に立つのは知事ですが、英雄坂本龍馬で観光客を増やすことに躍起です。
実際、観光客は増え続けているので坂本さまさまなのです。(わたくし坂本龍馬が嫌い派)まあ県知事室には先月話題にした世界的写真家桐野の写真がドーンと飾られ一応アートわかりますよ知事ではありますが、最近県庁の人事異動があり、ちょっとそれはいかんでしょ!とわたくし怒りまくりです。
怒りの原因は、県美のベテラン学芸員が美術館以外の職場に異動になりました。この学芸員、たまに酒を飲む仲の楽しい人ですが、真面目すぎて一緒には仕事をしたくないタイプです。面白い展覧会も企画し高知県のアートの歴史を研究しております。
アバンギャルドが流行った時の「前衛土佐派」
高知出身ではないのになぜか高知代表の「大木裕之」
森山大道の師匠的な存在で高知出身の「井上青龍」などなどその他にも郷土作家を研究(桐野は除外対象)しておるのですよ。そんな学芸員を美術館から追い出すのはおかしい話です!全国的に有名ではない郷土作家の研究は大切です。そのことを強く感じたのが今年のはじめに県美で『高知の洋画』という企画展が素晴らしく良かったのです。高知作家の歴史絵巻ですが、自分自身が高知で制作しアイデンティティが確立したことを先輩たちの活動で見えてくるのです。歴史って大切です。
司馬遼太郎さんの脚色された坂本さんもよいのですが、アート作品が教えてくれる歴史は見たままなのです。
怒りプンプンなので、ベテラン学芸員の復帰を画策しようと酒を交わしたら「教育委員会に移動になり土日が休みになって心の余裕ができた今のままで十分」「…」
美術館ってブラックなんですかね。

地域の文化 よさこい祭り
全国的によさこい祭りってダンス大会と思われている節がありますが、発祥は高知市なのです。(毎年8月9日の前夜祭、8月10日と8月11日の本番、8月12日の全国大会と後夜祭の4日間にわたって高知市で開催される祭り。四国三大祭の一つである。祭り本番は市内9ヶ所の競演場・7ヶ所の演舞場で趣向を凝らした200チーム・約2万人が演舞を繰り広げる。ウキ引用)
いまや北海道のよさこいソーラン祭りにお株を取られ、俺たち高知が元祖なんじゃと負け犬の遠吠えで訴える高知市民たちをわたしは冷ややかな目で見ておりました。祭りのきっかけも夏は商店街の売上が落ちるので、商店街で踊り大会をしたら人が集まってかき氷でも売ったら儲かるべなのです。
高知の裏名所沢田マンションを出て新しい街に引越してきてから地元のご老人たちから「何かをしでかす若者(47才おっさんですが)が来たぞ」と変に期待をされ、町内会と商店街に所属することになりました。
ご老人たちからの「これからは若い人にお任せじゃ」とよさこい祭りの商店街実行委員(競演場の裏方)に参加する事になり、しかも会議に遅刻したら副理事に任命という面倒な仕事はやらせてしまおうの精神。そんなこんなで64年の歴史を誇るお祭りお手伝いが昨日終わって疲労困憊状態で原稿を書いております。
今まで、いろいろなイベントを立ち上げたり参加しましたが、今回の感想は「来年やりたくなねー!」です。
イベントで一番大切なものは予算をどのように使うかにかかっています。
1年前の会議で収支報告おしえてと言っても全く教えてもらえません。どこにお金を注ぎ込み無駄なところは削るなど検討できないです。(いまだに教えてくれない)お金はトップシークレットという事で、裏方の現場で一番大変という給水所(踊り終わった踊り子にお茶を渡す係)の責任者に任命されました。
どのようにやるかは先輩に聞くのが一番なので、教えを請うために段取りなどを質問すれば3人の先輩たちが同時に説明し3人共意見が違うためその場で言い争いが始まりコントのような展開が始まります。基本ひとり親方個人商店経営者は人に何かを教えることが苦手なわけです。まあ、こうなったらぶっつけ本番やるしか無いで2日間のノンストップ労働で現在全身筋肉痛です。
自分が参加した商店街の競演場は近年存亡の危機で今年は競演場を廃止するとまで話が進んでいましたが、自分を含め若い人が参加するから、やることになりましたが、近隣住人からのクレーム(音がうるさい)、競演場出口で交通事故(給水所のせいになっている)踊り子のマナーの悪さ、片付けなどの人手不足などなど、「やりがいを感じない搾取」の連続でテンションダダ下がりですが、最終日の終了間近に踊り終わったとあるチームが全員で給水所のスタッフにお礼を言ってくれたのは少しうるっと感動しちゃいました。
もともとよさこい祭りが嫌いな人間で来年やりたくねーですが、問題山積の商店街の個性豊かな経営者とやっていくのも面白いかなってちょっと思っております。文化の継続ってホント大変ですね〜…

近況報告といろいろ作家たちの近況
自分が働いている会社が高知観光ブームのビックウェーブに乗っかちゃうホステルの経営に乗り出しました。ちょっと古い中古一戸建てを購入し現在ガツガツ泊まれるように工事をしており物凄く忙しい!そんなことで、書くネタを全く考えておりませんでした。ということで最近の出来事などタラタラと書いていきます。
そのホステルを作っておりますが、広すぎるため余ったお部屋をギャラリーにすることになりました。しかもコマーシャルギャラリーなんです。
高知の実力派中堅作家たちにコマーシャルギャラリーでやらんかえ(土佐弁)と呼びかけていますが、ほとんどの作家が「コマーシャルギャラリー?なにそれ」って感じです。そんな高知県で作品を売るギャラリーをやろうってんだからどうなることやらです。
最近聞いた話で若い作家がとある貸画廊で展示をし、作品が売れて販売手数料が50%取られ、その作家はなんだかもんもんしたとのこと、展覧会始める前にギャラリーと話し合ったのか、利用規約読んだのかなど聞きましたが、細かな説明もなく、利用規約も見ていないそうです。HPに利用規約などを掲載していないギャラリーをよく見かけますが(ひどいところはブログのみ)こんなはずじゃなかったが無いように皆さん規約は読みましょう。新宿眼科画廊はちゃんとHPに記載していますね。沢田マンションギャラリーはその規約を真似させてもらました。
ここからは新宿眼科画廊新聞で紹介した作家の近況報告
エキセントリック先生は心療内科に入院しておりました。ものすごい数の薬を服用し本人曰く副作用を抑える薬のそのまた副作用を抑える薬を飲んでいるそう(ホントなんでしょうか?)退院するのでお金がないから3日間だけご飯食べさせてと家に来ております。薬で頭の回転が遅くなっているそうですが、構図理論を語っております。意外と面白いのでご飯代はサービスです。
エロ表現ボールペン作家の森田紫乃さん、今年もGalleryEで展示をします。去年は自身の手首を切りすぎて脂肪やら筋やらが丸見えの写真を展示しご近所からクレームが入りましたが、今年も諦めずに頑張ってくれるでしょう。
世界的写真家の桐野様はアサヒカメラに掲載されていました。さすがっす
パイチン☆ドックボーカリストM氏は本職の作家業が売れまくりだけど、夜祭シモネタ禁止令で出場停止でした。
のけもの編で高知アートシーンでは要注意人物認定の丸メガネおっさんも秋に個展をします。みんななんだかんだで意欲的でギャラリー運営するものとして楽しく嬉しいです。

高知の行政とアート
新宿眼科画廊新聞の原稿締切ギリギリの10月14日に原稿ができていないのですが、本日アート井戸端会議なるイベントがありまして、参加したのでそのことでも書いてみようと思います。
高知県に最近できた「アートカウンシル高知」の方を中心に県とアート関係者が酒とお菓子を食べながら自由にしゃべるイベントなのですが、県の助成金の裏話がびっくりするんですよ。
高知県文化財団が行っている助成金事業なのですが、数年前までは審査委員は若手を中心としたメンバーで構成されており申請者の企画を深く議論していたそうですが、去年から審査委員がすべてお年寄りに変わり、審査基準が冗談みたいな選び方になっているとのこと、その一例が老人ホームにジャズの演奏を定期的に行っている団体からの申請に対し、お年寄り審査委員から「ジャズは西洋音楽だから高知の地域性に合わないため不合格」と戦時中に戻ったかのような発言があったそうです。「太鼓のイベントは素晴らしい合格」ってな感じです。大丈夫なのか高知県!
また、役所的な実績を作るための数字のマジックで知事に良い数字を見せる秘策を役人たちが発揮しているそうで、助成金の総支給額は予算で毎年同じ額とになっているのですが、数年前までは1団体最高50万円までもらえたのに、最近は最高30万円に下がっているそうで、下げたら何が起きるかといいますと支援した団体が増えましたと知事に報告できるとのこと。支給額が減るので団体は大きな企画は難しくなりますが、役人的には増えたぞと実績づくりで評価されるとのこと、でも内容が大事なんじゃないですかと思いますが、アートのことが詳しくないしお金あげたら後は知りませんって感じの役人根性ですよ。まあこんな腐った状態なので、アートカウンシルとして県民が声を上げる(作家が文句を言う)ことで現状を打破しようとのこと。そして、県議会議員などにも働きかけないといけないとのこと。県の役人や美術館の学芸員などは、喧嘩してまでも何かを行うことを嫌うので、いくら訴えかけても話が進まないことは今までたくさんありました。しかし役人は県議会議員にいわれたらすぐ従う人たちなので、日本人が苦手とするロビー活動をどんどんしないと変わっていかないとの結論。

最終回です地方でアート
福島の原発事故から関東圏の方々が地方ちほうと言い出した感が地方の人間からしたら感じるんです。
ついこないだも東京で活動していた演劇の方が西日本に移住して活躍している方の話をお聞きしたところ、「東京ガーなになにデー」と東京中心に文化が回っているとヒシヒシと感じるわけです。
経済で考えますと国も東京中心だと成長しないと感じたのか、地方創生ダーとなんだか知らないうちに国の成長は地方にも原因があるから頑張れといきなり責任転嫁なわけですよ。のほほ~んと低所得で生きてきた地方人からしましたら、「今頃なに言ってんねん」です。
文化ってその土地固有のものってあると思います。
たとえば、気候によって生産される食物の違いや海と山でも収穫できるものが違います。その食べ物からその土地固有の文化って生まれているような気がします。今はどこでも楽天が配達するので、食文化は崩壊しておりますが、高知県の太平洋の壮大な海や台風銀座(最近台風こないので死語です)で災害が多い土地柄、高知県民の明日の生活なんとかなるぞと酒飲みパチンカーを生み出し「はちきん」と呼ばれる女性が強くて離婚率が高くなる方々が生まれるんでしょう。
話はアートに変わりまして、今までの連載で高知のアートを語ってきましたが、都会との明らかな違いはアート人口が少ないので、ほとんどが知り合い状態。顔が近い関係なんです。それぐらいじゃないかな?
高知の作家さんが都会にはチャンスがあるといいますが、チャンスをゲットできない人の言い訳だと思います。そんな事言う前にどうぞ都会でチャンスをとってこいって感じです。
国もアートも地方ダーと言い出した近年、都会からアート関係者がひょっこり来ることも多々あり、アンテナを張っていれば出会うきっかけはいくらでもあるし、興味がある人がいれば夜行バスで東京まで会いに行けばよいのです。
国立国際美術館の植松由佳さんに「自分が住んでいる場所で世界一楽しいことをやったらいいのよ」とインデペンデンスキュレーターの菊田樹子さんに「頼まれてもいないのに作っている人たち」の言葉が自分の制作原点になっています。どんな場所でも制作する面白さは一緒だし、自分の好きな土地で制作することは最高の楽しみなんです。