01 / PHOTOGRAPHY
写真史との関係
写真術の始まりは、ニセフォール・ニエプスが1826〜1827年ごろ、カメラ・オブスキュラと瀝青を塗った金属板で投影像を消えない像として残したことに置かれます。つまり写真とは、それまで「見えるだけだった像」を定着させる技術として登場しました。
では、その「見えるだけだった像」はいつから知られていたのか。『墨子』に含まれる後期墨家の光学的記述は、紀元前4〜3世紀ごろ、光が小さな穴のところで交差して人の像が上下逆になる仕組みを述べたものと解釈されています。写真より2000年以上早く、現象そのものは書き残されていました。
この長い前史は、写真史のなかでは「カメラ・オブスキュラ」という一語に縮められがちです。しかし実際には、観察の記録、装置の改良、投影像を写し取る補助具としての利用、そして定着技術の発明という、性質の違う段階が重なっています。ピンホールカメラは、その最初の段階の原理を、いまも道具として使い続けている装置です。
この年表は、一人の発明者に帰す形をとりません。観察、装置、記録、表現という異なる営みが、別々の地域と時代で積み重なった経過として並べています。
写真の前と後
- 紀元前4〜3世紀ごろ
『墨子』の記述小さな穴で光が交差し、像が上下逆になる
- 11世紀初頭
イブン・アル=ハイサム暗い空間の小孔による像の形成を記述
- 1544年
ゲンマ・フリシウスの日食観測暗室への投影を図として出版
- 1826〜1827年ごろ
ニエプス投影像を消えない像として定着──写真の始まり
- 1890年
ジョージ・デイヴィソンピンホール写真が表現として評価される
定着技術が生まれたあとも、穴だけで像をつくる方法は消えませんでした。むしろ、レンズが前提とする解像や焦点から距離を取る表現として、20世紀後半に再び選ばれています。

05 / HISTORY
ピンホールカメラの歴史
ピンホールカメラの歴史は、暗い空間に小さな穴を通して像を投影する観察から、その像を感光材料に定着する写真術、さらに光・時間・空間を扱う現代の表現へと続いてきました。一人の発明ではなく、原理の観察、装置化、記録技術、芸術表現が各地で段階的につながった歴史です。
- 紀元前4〜3世紀ごろ
『墨子』に含まれる後期墨家の光学的記述は、光が小さな穴のところで交差し、人の像が上下逆になる仕組みを述べたものと解釈されています。墨子本人による装置の発明ではなく、小孔像を説明した早期資料の一つと解釈されています。 [1][2]
- 紀元前3世紀〜7世紀初頭に編纂
古代ギリシャ系の『問題集』第15巻は、四角い隙間を通った日光が円形になることや、日食時に篩、葉、組んだ指の隙間を通った光が地面に三日月形をつくることを問います。真正なアリストテレス著作ではなく、長期間に編纂された文献のため、本人の観察や発明とは断定できません。 [15]
- 11世紀初頭
中世イスラーム世界の学者イブン・アル=ハイサム(アルハゼン)は、暗い空間の小孔を通して像ができる現象を記述しました。小孔像は、日食を投影し、光が直線的に進むことを検討する観察装置でもありました。 [1][15]
- 1508〜1509年ごろ
レオナルド・ダ・ヴィンチは手稿に、暗い部屋の小孔を通った外の景色が、紙の上へ縮小され、上下逆に、色と形を伴って現れる様子を記しました。生前には刊行されていない観察です。 [1][3]
- 1544年観測/1545年出版
ゲンマ・フリシウスは、ルーヴェンでの日食を暗室へ投影して観察し、その方法を翌年の著書に図示しました。小さな穴、暗い室内、投影像の関係が、印刷物によって共有される段階へ進みます。 [4]
- 16世紀中葉〜末
より明るく鮮明な像を得るため孔口にレンズや鏡が加えられ、小孔だけの暗室から光学的なカメラ・オブスキュラへ発展しました。天文観測に加え、測量や見世物など用途も広がります。 [1][5][17]
- 1604年
ヨハネス・ケプラーは『Ad Vitellionem Paralipomena』で暗箱投影を光学と視覚の理論へ結び付けました。Max Planck Instituteの用語史は、camera obscura、より厳密にはcamera clausaという語をこの著作に位置付けます。既知の原理の命名と理論化であり、装置の発明ではありません。 [16][17]
- 17〜18世紀
部屋そのものだったカメラ・オブスキュラは、テント、駕籠型、箱型、携帯型へと小さくなりました。画家や製図家は投影像を写し取る補助具として利用し、娯楽や光学研究の装置にもなりました。 [1][5][17]
- 1826〜1827年ごろ
ニセフォール・ニエプスは、カメラ・オブスキュラと瀝青を塗った金属板を用いて、投影像を消えない像として残しました。これはピンホール撮影そのものと断定できませんが、観察する像から保存する写真への重要な転換でした。 [5][6]
- 1856年
スコットランドの科学者デイヴィッド・ブリュースターは、エガートン牧師とともに100分の1インチ未満の小孔で胸像を約10分露光したと報告し、感光材料が高感度になれば無レンズのピンホールカメラが好まれるだろうと予想しました。 [7]
- 1890年
ジョージ・デイヴィソンは、ピンホールで撮影した《An Old Farmstead》(のちの《The Onion Field》)を粗い紙に刷り、英国写真協会の年次展でメダルを得ました。その柔らかな像は、鮮明さと絵画的表現をめぐる写真論争の象徴になりました。 [8]
- 1968〜1984年
20世紀後半には、ピンホールが光・時間・空間を扱う芸術手法として再び広がります。エリック・レナーは1968年に制作を始め、展覧会やワークショップ、刊行物を通じて作家をつなぎ、1984年にPinhole Resourceを設立しました。これは各地で進んだ再活性化の一つの流れです。 [9]
- 2001年〜現在
Worldwide Pinhole Photography Dayの公式サイトには2001年からの記録が残り、現在も毎年4月の最終日曜日に、世界各地で撮影されたピンホール写真がオンラインギャラリーへ集められています。 [13]
- 2006年〜現在
岡本明才は2006年から、ピンホールカメラとカメラ・オブスキュラを用い、暗闇に入る光、長い露光時間、装置と空間の関係を作品として制作しています。
参照資料
年代と記述は、博物館・大学・公的機関の資料、公式記録、原典を照合しています。資料間で年代の表記が異なる場合は幅を持たせ、単独の発明者へ帰属させていません。進化史の仮説は提案者を示し、単一原因の確定説として扱っていません。
- National Science and Media Museum — Introduction to the Camera Obscura
- Stanford Encyclopedia of Philosophy — Mohist Canons
- Max Planck Institute for the History of Science — Leonardo da Vinci, Camera Obscura
- Bavarian State Library — Gemma Frisius, De radio astronomico et geometrico liber (1545)
- History of Science Museum, University of Oxford — Camera obscura
- Harry Ransom Center, The University of Texas at Austin — The Niépce Heliograph
- David Brewster, The Stereoscope (1856), p. 137 — Project Gutenberg
- National Science and Media Museum — The Onion Field and the ‘fuzzy’ photography debate
- New Mexico History Museum — Pinhole Resource Collection
- NASA Science — What to Expect: A Solar Eclipse Guide
- MIT Computational Photography — Lens image formation and diffraction
- Charles University, Faculty of Mathematics and Physics — Engraving in Time
- Worldwide Pinhole Photography Day — Official website and gallery
- Smithsonian Institution — The Great Picture
- Journal of the Royal Astronomical Society of Canada — Eclipse observing and the pseudo-Aristotelian Problems
- ETH Library — Johannes Kepler, Ad Vitellionem Paralipomena (1604)
- Max Planck Institute for the History of Science — Inside the Camera Obscura (2007)
- NASA Astronomy Picture of the Day — Solstice to Solstice Solargraph
- Andrew R. Parker — Colour in Burgess Shale animals and the effect of light on evolution in the Cambrian (Proceedings of the Royal Society B, 1998)
- John R. Paterson et al. — Acute vision in the giant Cambrian predator Anomalocaris (Nature, 2011)
- Douglas H. Erwin et al. — The Cambrian conundrum (Science, 2011)
- Ann C. Hurley et al. — The adjustable “pinhole camera” eye of Nautilus (Journal of Experimental Zoology, 1978)
- Nature Ecology & Evolution — The genome of Nautilus pompilius illuminates eye evolution and biomineralization (2021)
- Smithsonian Ocean — Cephalopods: Octopus, Squid, Cuttlefish, and Nautilus